2010年10月31日

ヘイル様のインタビュー

ヘイル様祭、再開です^^。
2006年、「グエムル」公開時のインタビューを見つけました。
なるほど。跡を残したくない「怪物」はヘイル様。
愛妻家なのね〜。

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パク・ヘイルは怪物だ
[Single 2006.9]
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パク・ヘイルを一言で断言できる人が果たして何人いるだろうか。
確言するが,殆どないと壮語する。
たとえ映画<ワイキキ・ブラザーズ>で初めての挨拶をした後<殺人の追憶> <菊の花の香り> <恋愛の目的>まで…八編のフィルモグラフィーを完成して,忠武路の注目される俳優で位置づけをしたが,彼のキャラクターを一言で決めつけるのはかなり難しい。
彼の目つきは映画<オーメン>の主人公デミアンのようにベールをかぶったように妙に可憐な魅力を精一杯発散していると同時に一瞬微笑を浮かべる姿には背筋が寒くなるような狂気まで抱かせる。
それで長く悩んだ末にそれに対するイメージを定義した。
彼は'怪物'だ。
<菊の花の香り>では最高の純真なサランを守るロマンチストの姿であったし<殺人の追憶>では誠実な姿の会社員だが背筋が寒くなるほど奇怪な目つきを持った殺人犯を熱演したりもしたし<恋愛の目的>ではしらじらしくて厚かましい恋愛を楽しむ教師で登場しなかったか。
アイロニーにもその映画の中のパク・ヘイルは現実のパク・ヘイルと別段違わないという確信を持つようにした。
彼のヤヌス的な感性を本能的に感知したということだろうか。
どうであれ彼とのインタビューが他の俳優に比べてより大きいストレスがあったのは明白な事実だ。
最も一般的な情報を掘出してみても彼の人生が簡単で明快でないとの事実は簡単に知ることが出来る。
とても複雑だ。
まず彼は演劇映画科を卒業して,演技を体系的に習った演技者ではない。それでも裕福に育った貴公子でもない。
単に彼の食欲にぴったり合う人生の行路を選択する渦中に偶然に演技者の道を選択した。
映画デビューも<ワイキキ・ブラザーズ>に間違いはないが,通常でない始まりだった。
彼の初めての舞台は演劇だ。
最初に始めた時は彼の年齢二十二才になった頃.
“私の20代はじめはかなり取るに足りない姿でした。高等学校時期に勉強が上手だったのでもなく、だからといってけんかが上手なわけではなかったです。今元に戻して考えてもすさまじくてみずぼらしかったという表現がぴったり合うでしょう。高校時代無名バンドのボーカル兼ギターを引き受けました。
高3でなるべくしろという勉強はしなくて毎日ギターに行って通ったしバイクをけってお尻の骨と股骨がめちゃめちゃになる重傷を負ったりもしました。大学も望んだ科を選択できませんでした。点数が不足しましたよ。それで点数に合う大学に入学しました。
英文科でした。一年中ずっとハロー!ハロー!万回叫んでやめたが…,その理由は!あまりにも音楽に関心がたくさんあったのでもう少し深く音楽の勉強をしてみたい理由が大きかったためでしょう。
その当時晩学とゆとりがない状態で軍隊でも行かなければならない立場だったが,バイク事故の時できた傷のために軍隊に逃げることもできませんでした。”彼のデビュー作品に関する短い質問に,彼は自身の高等学校時期からデビューの時までの過程を一目瞭然に説明する。
このような質問にとても慣れているというように。
“その後アパート工事現場で土方で仕事をしたりもしたし,ビデオ店でアルバイトでしました。それと共にジャズ アカデミーに入学もしました。昼間にはアカデミーに出て行って夜にはビデオ店アルバイトをしながらそこで睡眠もとりましたよ。それでいくつか多段階に足をかけておいようです、何か。
お金です?おわかりの通りみな失いましたよ。
その次に選択したアルバイトが放送局の撮影補助でした。撮影バス助手席に座っていて演技者ら服や履き物を持ってくる任務なのに無線機を持っていながら,スタッフらのあらゆるお手伝いをすることでした。
そこで会ったドラマ撮影補助をした友が一緒にダンス グループを作ろうといって,挑戦して6ヶ月の間撮影補助日で集めておいたお金をまた丸ごと飛ばしました。
そうするうちにまたアルバイトを探している間‘児童ミュージカル団員募集’という広告を見た後ミュージカルならば踊りと歌を歌わなければならないから‘その間あれこれ習ったものなどを活用すれば良い’したくて,受験しました。一年ほど熱心に児童劇をしたようです。その後成人劇をするために大学路に移りました。だがしばらくはずっとポスターだけ貼りに通ったところです。そうするうちにある日私にも機会を与えられましたよ。それが<青春礼賛>でした。”
彼の運命の化身はその機会をのがさなかった。
作品性があるとうわさが出た演劇<青春礼賛>に出演した当時,映画<ワイキキ・ブラザーズ>を作ったイム・スンレ監督が客席に座って,彼を注目していた。
さらに驚くべき事実は<殺人の追憶>を作ったポン・ジュノ監督と<嫉妬は私の力>の,パク・チャヌク監督もその客席でパク・ヘイルを見守りながら,いつかは彼とともに映画を撮るぞ目をつけておいたという事実だ。

彼は常に再整備をする
彼のイメージは多様だ。
今まで彼が選択した作品らだけ見てもどれ一つの固定されたイメージがない。
広告を見ても同じこと。
アイスクリーム,自動車,コーヒー,銀行などのCFはコミック,ジェントル,ロマンチックなどのコンセプトで皆各々の姿だ。
それで彼が生まれる時から持った,底辺に内在している真の姿を発見するためにインタビュー中ずっと彼の頭からつま先までをつくづくと観察した。
彼の目つきは子供のきれいでいたずら心いっぱいでの目に似ていたかとすればインタビュー中、自分自身を観察するエディターの目つきがむしろ痛ましかったのかビールを飲みながら,インタビューをしたらという気さくさまで見えてくれた。
はっきりしないキャラクターだ。
“私の利己的な考えだが,一つのイメージで私を判断するのが嫌いだったんですよ。一言で跡が残らない俳優になりたいです。ある映画の中で私に与えられたキャラクターに我を忘れて没入しながらもその作品が終れば私が引き受けた演技を未練なしにさっさと振り払ってしまうほうですよ。私はそれが気楽で良いです。それでこそまた他の作品を引き受けることになっても与えられたキャラクターに易しく没入できますね。
私は固定されるイメージを拒否します。それでもあからさまに破格的な変身を追求するのではなくいつの間にか他のイメージに変わりたいということでしょう。自分自身を再整備して,どこにも飛ばないそのような俳優に残りたいです。”
彼が追求するのは変化の激しいイメージ,それ自体を楽しもうという意味が強く内包されている。
“作品の選定もまた頭が痛くなるほど問い詰めません。決まったルールはないが作品選択の一番の条件はシナリオがおもしろく読まれることを選ぶほうです。今までそのようにしてきました。私が好むスタイルに固執するよりもとても主観的な観点でおもしろければ良いと考えます。頭が痛くなるほど‘前作はそうしたから今回は違う姿で見せなくちゃ’という背中の計算はしません。
なので映画<人魚姫>の純粋なイメージを脱ぐために<恋愛の目的>を選択したわけではなかったんです。また<殺人の追憶>の背筋が寒くなったイメージを継続するために<怪物>を選択しないのです。
もちろんまだ演技に対して習わなければならない点が多いことを分かるので‘変化’というものが短期間になされるものではないということはよく分かるがおよそ10年後ぐらい?私の年齢が40代初めになった時にはそれまでしてきたすべての作品を通じて,そのように評価されたいということでしょう。”
意外だ。
それならパク・ヘイルはソン・ガンホやファン・ジョンミンのように国民俳優になるのを拒否するという意であろうか。
“言うまでもなくその先輩たちは私の羨望の対象でしょう。先輩たちのようになりたい気持ちはやまやまがだが一瞬にして成り立たないということをよく知っています。先輩たちが踏んで行った過程をつくづくと調べれば明確に苦痛と忍耐があったでしょう。後輩の私の立場では先輩たちが経たその過程を踏んで行くべきだと考えます。‘跡が残ることもしたくない’!ということもその過程中経なければならない私だけの宿題でしょう。”
彼はいつのまに真剣な目つきに変わっている。
眉間を若干しかめる姿もまた通常でない。
インタビューはいつのまにかかなり真剣な雰囲気に乗っている。
それで突然とんでもない質問を投げることにした。
彼の結婚生活に対して尋ねた。
"2000年度でした。私は演劇俳優を夢見る俳優志望生であったし,今の私の妻は劇作家を志望する大学生で自然に会って,愛が芽生えましたよ。"
彼らが作ってきた愛は彼が映画俳優でデビューして有名になりながら,ちょっとの危機も体験することになった。
"<恋愛の目的>で濃いベッドシーンが公開された後に大きく争いました。だが危機をよく超えました。
一生伴侶になると誓いましたよ"
愛を守ることができる本物選手の姿も伺える。

いよいよ<怪物>と,面会する。
映画<怪物>,彼の八番目作品だ。映画デビュー5年目の新参者俳優としては相当多くの作品を消化した。
パク・ヘイルを置いて'きつい奴'と表現しても格別問題はないように見える。見当をつけて,一年に二編の作品を消化して出すほど強い俳優であるから。
"ある日ポン・ジュノ監督様が電話をくださいました。'ソン・ガンホ,ピョン・ヒボン,ペ・ドゥナは家族だ。君も家族だ'が一言だけでした。
率直に怪物という映画自体には特別な興味がなかったのは事実ですね。ところで映画を撮らなければならないと念を押すことになったことは'いったい韓国で最も独特のキャラクターを持った俳優らとどのように家族のように延期(煙,演技)ができるだろうか?"という疑問を感じ始めてみればからでした.考えてみて下さい。とても興味深いでしょう。
そしてその家族!構成員中で私が引き受けた役割が果たしてどんな役割かという考えまで及んだら,だいぶ気になったところです."
彼の表情がまた即座に変わる。
あたかもスペイン作家アルトゥロペレス レベルデの作品<デュマ クラブ>で神秘主義でさえぎられた古書の秘密を九ヶの挿絵で一つずつ解いていくような知的探検家の姿というか。
"映画<怪物>は怪獣映画よりはヒューマン ストーリーと見れば良いです。混乱に陥ったまま怪物をひきつけようとするある社会不適応家族に対する映画だと言えます。怪獣自らの魅力だけを見るならば映画を正しく楽しみにくいでしょう。
私が考えるこの映画の興味は監督あるいは俳優たちが定めたストーリーについて行くよりは映画を見るすべての人各自の見解によりストーリーが作られることという点でしょう。見る視角により,年齢帯により,性別により別の映画と評価されると考えます。"
映画<怪物>の撮影に先立ち,ポン・ジュノ監督は俳優らの自然な酒席を用意した。ただ酒一杯飲みながら,お互いのキャラクターに対して間接的に理解させる方法を選んだのだろう。
どうであれ映画版で独特で個性が強い俳優たちを家族として作るには成功を成し遂げたもよう。
"私が引き受けたパク・ナミルは大卒出身で家族の中で最も高学歴者だが,何度も就職に失敗してぶらぶらする人物です。普段不平不満が多くて家族らに腹いせを行うやっかい者役割でしょう。
この役割を消化するために周辺の人々をつくづくと観察しました。格別ことではないことにも簡単に興奮して悪口も上手にするそのような人々をですね。
またどんな事でも不平不満が多い人々に会って,つくづくと見回しました。
彼らのいい加減な歩き方を真似!もしてみましたよ。彼らに没入して見たらある瞬間自然に悪口が飛び出してきたりもしました。
ア,また…漢江で売店を運営するという家族という設定があったので漢江にしばしば出て行きました。
そちらには恋人たちもいて,運動する人々もいて,家族どうし散歩しに出てきた人々もいて,学生たちどうし遊びにきた人々もいて….とても多様な人々に会うことができます。また見直せば漢江は事件事故がしばしば発生したりもする所でしょう。漢江のあちこちの明るくて陰気な雰囲気を習っていきましたよ。"
映画撮影の開始に先立ちそれなりのままに映画のキャラクターを探求していった話を聞かせる姿が全く真剣だ。
子供のいたずら心ある目つきはいつのまに消えた。
その真剣な目つきを眺めながら,映画<怪物>に登場する見えない怪物に対して尋ねた。
"見えない怪物とどのように演技したのか多くの方らが尋ねているのに,初めには私もやはり大変そうだと考えました。実際に撮影を始めると意外に順調でした。
色々なスタッフらがまたこういうジャンルの韓国映画が初めてだと神経を多く使ったようです。"
彼の話によれば3Dストーリーボードのアニメティクスで怪物の動きを直接見ながら演技したし俳優たちとの動線まであらかじめ知ることが出来たので演技するのに全く問題にならなかった。
突然こういう考えがかすめた。
彼は自身の映画<怪物>のタイトルとかなり似ているという考え.
'怪物'という意を国語辞典で検索してみれば'不思議な人'を意味するのに,ここで不思議だという意味は'道理に外れている'という意と'なんとも言えないほど変だ'という意味を持つ。
自身の跡を残したくないという妙なキャラクターを持っているとパク・ヘイルは後者に属するだろう。
なぜなら学生時代最も上手だった科目が倫理なのに加え少しでも懇意にしている人々とは両手を握りしめて握手を求めながら,90度角度で挨拶するほど礼儀正しくて人々と交わって酒を飲むのをかなり好む遊ぶのが好きな青年であるためだ。
本当に妙に相反した姿だ。それで彼を一単語で決めつけるには再び困難を持つようになった。
なんとも言えないほどおかしな俳優といえるだろうか。
でなければ現存する怪物がまさにパク・ヘイルといわなければならないだろうか。
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posted by mebako at 19:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 韓国映画&ドラマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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